iPadとタカラおえかきせんせい

iPadって、何だかタカラの「おえかきせんせい」みたいだな。と思っていたら、まさにマグネットボードと比較していた記事を発見!

EtchASketch vs. iPad

欲しい機能が付いていないという意味では、どっちも一緒。むしろEtchASketchの方がまし、くらいのことまで強調されているけれど、まだ石ころと比 較されるよりはましかな、と。

そんなことはさておき。

私が「おえかきせんせい」を連想したのは、いつも行く図書館のカウンターには、筆談用のマグネットボードが置いてあって、それを見かける度に「おえかきせ んせい」を思い出しているから。iPadの形といい、これからiPadで楽しいことが出来そうなワクワク感といい、子供の頃に遊んだ「おえかきせんせい」 が思い出されたというわけ。

ちなみに前回は、「iPadは買わない」なんて思っていたのに、不思議なことに何だかiPadが欲しくなってきたのだけれど、その理由は私の視力の弱さにある。
コンタクトレンズを着用すれば1.2は見えるものの、着用できない状態(結膜炎とか)になると、牛乳瓶の底のような眼鏡をしても0.1しか見えない。
それが、まさに今。顔からディスプレイまでの距離は、15cmくらい。
MacBookだと首が疲れるし、iPhoneなら顔まで近づけるのは楽だけど、文字を拡大しても限界がある。
(3GSなら、アクセシビリティ機能があることを、今知った!けど、私のiPhoneは3G…)
でも、iPadなら、画面も大きいし、軽いし、「これは欲しいかも」と思い始めた。

そうしたら、「iPadを弱視生徒の教科書のプラットフォームに」というエントリを発見。

iPadで義務教育の教科書を 弱視や手に障碍のある生徒も同じ教科書を使える利点
iPadによい「日本語読み上げソフト」を

これは、是非とも現実のものとなって欲しいと思う。

Add comment 2010年1月31日

iPad発表と一言メモ

まだプレゼンも見てないのに感想を述べるのは軽卒だと思いつつ。。。
後で「自分の見方は間違っていた」と気づくのも一つの体験だと思って、メモ。

昨晩は、ネット上での議論を眺めながらワクワクしつつも、あと30分で発表!というところで寝てしまったのだけれど、それは「まだまだこれから」的なところのある製品なのかな、という感じを受けたから、というのもある。

今日は活字の情報をザーッとしか眺めていないのだけど、「あれもなければ、これもない」と、欠けている機能を挙げているネガティブな見方もあった。(iPadに限らず、いつもそうだけれど)
日本で発売されたら、買うか?と問われれば、恐らく私は買わない。
MacBookとiPhoneがあるのに、あえてiPadを購入する理由が見つからない、というか、iPadを利用する機会を見つけられない。
iPadを買うなら、iMacを買うな、と思う。それは、コンテンツを消費するだけでなく、これからはコンテンツをクリエイトして行きたいな、という思い があるから。例えば写真を加工したり、動画を作ったり、といったことをするためには、必要なのはiPadじゃないな、と思う。

とはいえ、今回の発表に対し、「買わないから、別にいいや」とは思えない。
近い将来、今回の発表が新たな歴史の原点になっている、ような気がする。むしろ、そうあって欲しい、という希望的観測なのだけれど。

こう思う背景には、Scobleのこの言葉が私の中に常にあるから。

He forgets that the small, seemingly unimportant platform today that gets early adopters excited will become the large, dominant platform of tomorrow. It might take 10 years, though, which is too long for VCs to care about. How long did it take Visicalc to happen on the Apple II? Or Aldus Pagemaker to happen on the Mac? A few years at minimum. iPhone is only one year old.

iPadが電子書籍のプラットフォームになるのかは未知数だし、消費者が望む機能が付いていないもの確かだけれど、何らかの意図が必ずあった上で、Appleが魂を込めて作った製品には違いないので、何かが起きる、そんな気がする。

しかし、iPadを持ち歩いて愛用する顧客層ってどのあたりなんだろう。


私が注目したいのは、インタラクティブな学習が可能になる、というところなので、学生さんかしら。
いずれにせよ、今後の動向が楽しみでならない。

Add comment 2010年1月28日

非常に興味深い「もてぷよ」現象

ここ最近の謎の背景が、徐々に分かって来た。
ずっと気になっていたのが、最近の若い子は足が太くなってきていること、しかも恥ずかしげもなく堂々と見せている、ということ。
これは、食生活の変化がもたらしたのか?「理想の体系は細身」という価値観に変化が出て来たのか?不思議で仕方なかった。

一週間ほど前に、知人から「そうそう、今はぽっちゃり系がモテるらしいよ」と聞いた。いや、ビックリ。
そして、昨日は新聞のテレビ番組ページで「NHK東京カワイイTV」の特集が「もてぷよ」であることを発見。20~40代女性を中心に、体系が太めでも可愛く見える「もてぷよ(もてるぷよぷよ)」が支持を集めているそうな。
この筋書きを見て、「これはアパレル業界が仕掛けた流行だな」と思った。

人口が減少していく日本で、新たな顧客層を発掘するには、今までおしゃれは出来ないと思い込んできた太めの女性をターゲットにすればいい、という流れは納得できるではないか。
番組を見てみると、「もてぷよ」という言葉を編み出したのは、講談社の女性雑誌「STORY」の編集長だった。しかも3年前から提唱しているそうだ。3年経ってようやく日の目を見たということか。考えてみれば、それまで表紙を飾っていた黒田知永子さんから、大柄な清原亜希さんに変わった頃からなのかも、と思ったりした。

40代女性は分かった、じゃあ、20代の若い子達の現象は何が背景なんだ?
と見ていたら、何と若い世代のファッションリーダーは森三中だというではないか。
そうかー、そういうことだったのかー。
今まで太め体系にはタブーだとされていた、パステルカラー、ボーダーやドット柄、ミニ、モコモコ素材を大胆に取り入れた森三中のスタイリストさんが背景にいた。

時代が変われば、価値観も変わる。そんな思いを新たにした。
私が高校生だった15年くらい前は、十分痩せているにも関わらず、体を酷使して無理なダイエットに走る女の子が普通にいた時代だ。彼女達が今の時代に生きていたら、人生変わっていたかも知れない、とも思う。
私自身、手足が短い上に下半身デブ、関節も太い、という残念な体系の持ち主なので、大学生になっても周りから笑われていたし、「世の中の女性は痩せている人が多いなあ。。。」といつも思ってきた。それが今や、町中で見かけるポッチャリ系女性の多いこと。。。

でもね、と思う。
体系に何らかのコンプレックスがあって、それを恥じらう姿も可愛さの一つなんじゃないの?と。
もし今、私が20代前後だったとしても、この流行には乗らないなあと思う。とてもじゃないけど、あそこまで自分の体系を露に出来ませんよ。

それから、番組中では「20代〜40代女性」と一括りにしていましたが、当然ながら20代と40代では服のスタイル、見せ方は全く異なります。
STORYの編集長が、「自分の体系を少しでも良くしようと努力しているんだけど、必死さが見えないところがいい」と言っていましたが、まさにそこ。
若い子達には、努力のかけらも見えないんだよなぁ。。。森三中なら、努力しなくてもいいんだけどね。(30代おばちゃんの一意見)

最も私の心に響いた編集長の言葉。
「努力がなくなったら、「ぷよ」ではなくで「ぶよ」になるんです」
濁音だけは避けたい、と思った次第。

Add comment 2009年11月8日

[映画]ベンジャミン・バトン

病と闘う友人から薦められた一本。
映像技術は優れているのだろうけれど、ストーリーは大したことないんだろうと勝手に思って見ずにいた一本。
でも、「生きる」ことについて真剣に考え抜いている友人が「良かった」と思った作品だ。この作品に何を感じ、何を「良かった」と思ったのか、少しでも知りたいと思った。

考えてみれば、人の視点から映画を観ようと試みるのは初めてだ。だから、見終わった後の印象も、ただ単に「良かった」「大したことなかった」ではなく、
「ああ、この台詞に考えさせられたのかな」「この終わり方が良かったと思ったのかな」という思い。今の自分が置かれた状況で観ていたら、素通りしていたかも知れない台詞の数々が、重くずっしりと私の心に刻まれた。
恐らく、この作品の評価の分かれ目は、鑑賞者が自分の人生と照らし合わせて考えて観るかかどうかにあると思う。

もう一つ、この作品の映像技術についても少し触れておきたい。
映像技術担当者のTEDでのスピーチ。

技術も人も金もなく、不可能だと思われていたプロジェクトを可能にしたというエピソード。

どんな状況でも可能性はある。

みんな、君の回復を信じているからね。

Add comment 2009年10月25日

今だから理解できること

(海外に限らずですが)海外に行く際のアポの取り方(特に学生の方へ) – shibataismの日記

自分の修士課程時代を振り返るとともに、改めて猛反省しました。
私自身も、シリコンバレーの企業にアポイントをお願いした経験があるだけに、本当に耳の痛いエントリでした。

特に、自分達が会うことによって、相手の方にどのようなメリットがあるのかを全く認識していませんでした。筆者の方は「自分も20歳そこそこだった」と書かれていますが、私なんて20歳そこそこどころか、30歳を目の前にしていた年齢。お恥ずかしい限りです。

こうして振り返ってみて、このエントリを「耳の痛い」ものだと認識できるのも、当時、本気で叱って下さった方がいたからだと改めて思います。
世の中には、自分の誤った行動を改善するためのヒントを周りからたくさんもらっているにもかかわらず、他人事のように捉えて全く改善できない人もいます。それは、認識する側にも問題がありますが、指摘する側の言い方が優しすぎることも一因ではないかと思ったりもします。
その点、今思い直すと、私は恵まれていたと強く思います。優しく見過ごしてもらわなかったことを、むしろ感謝しています。

それから、とても言い訳がましい表現ですが、このような過ちは、学生に限った話ではないのではないかとも思います。

というのは、これらの書籍を読んで分かったこと。

英語で意見を通すための論理トレーニング
3行で伝わる英文ビジネスEメール

これらの書籍では、「相手に何かを依頼するときは、自分(I)ではなく、相手(You)の視点で考えること」「どれだけのメリットがあるかを強調すること」が、繰り返し述べられています。
特に、「英語で意見を通すための論理トレーニング」では、日本人特有の誤りを指摘しつつ、悪い例と良い例が比較されているので、「自分たちの行為の何が悪いのか、具体的に良く分からない」という学生さんは、参照されると良いかと思います。
と、こんな片隅で情報を発信しても届かないとは思いますが。。。(^_^;)

Add comment 2009年9月26日

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